大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松家庭裁判所丸亀支部 昭和46年(少)676号 決定 1971年12月21日

少年 R・F(昭三〇・二・五生)

主文

この事件について少年を保護処分に付さない。

理由

(非行事実)

少年は、昭和四六年五月一四日午後〇時四〇分頃、自転車に乗つて香川県三豊郡○○町○○○○○×××番地先道路(幅員約六・二メートル)の左側端より約一・三五メートル中央寄りを北方から南方に向けて時速約一〇キロメートルで進行中、○塚○ワ(当時六四歳)が男物洋傘を深くさして、進路前方の道路右側から左側へ斜め横断する態勢で道路左側端より約二・一五メートル中央寄りの道路上を少年の側にやや背を向ける恰好で歩行しているのを約一〇・九メートル手前に認めたが、かかる場合、歩行者が自転車の接近に気付かず横断を続けることが予想しうるのであるから、減速して進路を右にとるなどの措置をとり未然に危険の発生を防止すべき注意義務があるのにかかわらずこれを怠り漫然歩行者の左側を先に通過できるものと軽信して同一速度で進路をやや左寄りにとつて進行を継続した過失により、約一三・七メートル進行し、道路左端より約〇・六五メートル中央寄りの地点に至つたところ、同自転車の接近に気付かず横断歩行してきた右○塚のさした傘に同自転車のハンドル附近がわずかに接触した際、同女が、自己の前方に直近して突如自転車が進出してきたことに驚いて身体の安定を失つて、道路左端より約一・一五メートル中央寄りの地点で、しりもちをつくような態勢で倒れ、よつて同人に対して、全治約八〇日間を要する右腓骨骨折の傷害を与えたものである。

(適条)

刑法第二〇九条第一項

(処遇)

少年は、本件について、当初、自分の乗つた自転車は歩行者ないしそのさしている傘に絶対に接触していないから自己に責任はない旨主張し、保護者もこれと同じ主張をしていたが、当裁判所における検証、証人尋問の経過のうちに前記認定事実どおりの事実関係の余地を認め、自己の責任を自覚するに至り、少年および保護者が被害者○塚に見舞金を支払うことで示談が成立した。

しかして、目下、少年に累非行性は認められず、本件について保護処分に付する理由はない。

(本件送致手続について)

一、本件について、少年が、前記のように自己の責任を否定していたことから、被害者○塚は、昭和四六年七月一九日、口頭で司法警察員に対して告訴したところ、司法警察員は、捜査のうえ、昭和四六年八月一八日受付の送致書をもつて本件を当裁判所当支部に送致した。

二、なお、司法警察員作成の送致書には、表題は、不動文字で「少年事件送致書」と印刷されているのを「少年事件送付書」と訂正してあり、司法警察員は、刑事訴訟法第二四二条に規定する検察官への送付を家庭裁判所への送付と読み替え解釈しているのではないかと思えるふしもあるが、同送致書には、「左記少年事件を送致する」とあるから、本件送致は、少年法第四一条に規定する送致と認めることができる。

三、ところで、本件のように、告訴にかかる罰金以下の刑にあたる少年事件については、司法警察員は、少年法第四一条の規定に従つて、直接家庭裁判所に送致すべきか、あるいは、刑事訴訟法第二四二条の規定に従つて、検察官に書類、証拠物を送付すべきかの問題がある。

本件において、司法警察員は、刑事訴訟法第二四二条の規定によることなく、少年法第四一条の規定に従つて、事件を直接家庭裁判所に送致してきたものである。これは、罰金以下の刑にあたる少年事件については、少年法第二〇条に規定するところからして、検察官送致による刑事事件に発展する可能性がないから、公訴官たる検察官に事件関与させる必要がないとの見解に出るものと思われるが、告訴人、告発人の立場を保護せんとする刑事訴訟法第二四二条の規定の趣旨に鑑みると、公訴提起の可能性のある事件か否か、すなわち告訴にかかる当該事件が罰金以下の刑にあたる事件か否かについては検察官の判断の余地を認めるべきであつて、司法警察員が独自の立場で判断し、少年法第四一条の規定に従つて家庭裁判所に事件を送致してよいとするのは相当ではない(なお、同様の理由から、刑事訴訟法上の解釈として、告訴にかかる事件がそれ自体罪とならないものであつても、その判断は検察官がすべきであり、従つて司法警察員としては、刑事訴訟法第二四二条の規定に従つて、書類、証拠物を検察官に送付するべきであるということになる)。また、告訴にかかる罰金以下の刑にあたる少年事件は、本件のように事実関係に争いがある事件であることが実際上多いものと思われるが、かかる場合、証拠を検討し、より慎重な捜査をするためにも、司法警察員のほか検察官がこれに関与することが望ましいものといいうる。

しかして、少年法第四一条は、刑事訴訟法第二四六条の特別規定ではあるが同法第二四二条の特則ではなく、罰金以下の刑にあたると思われる少年事件についても、告訴にかかる事件においては、司法警察員、刑事訴訟法第二四二条の規定に従つて、書類、証拠物を送付すべきであつて、これに反する司法警察員の本件送致手続は違法ではあるが、しかしながら、送致手続におけるかかる瑕庇は、直ちには送致手続を無効ならしめるほどの重大な瑕庇に至るものでなく、家庭裁判所は、事件の実体について審理することができるものと解する。

なお、告訴にかかる少年法第四一条所定の事件の取扱いについて、別紙(一)、(二)記載のとおり、刑事訴訟法第二四二条の適用を肯定する見解であるところの最高裁判所事務総局家庭局長回答および同条の適用を否定する見解に基づくと思われる警察庁防犯少年課長回答があることを附言しておく。

(結論)

この事件については、少年を保護処分に付さないこととし、少年法第二三条第二項後段により、主文のとおり決定する。

(裁判官 豊田健)

(別紙(一)(二)編略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例